又八郎の苦労

文学.科学.芸術…試行錯誤と悪戦苦闘の日々

【SF時代短編】*又八郎平成忍法帖*より…くノ一忍侠伝6分小説…《覚めない悪夢》

      

      《覚めない悪夢》


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山に入って三日目の朝を向かえた。

寒すぎる朝だった…

雪は止んで空も晴れていたが昨晩のうちにさらに20センチは積もり…雪は腰の高さを越えていた。

女は地中の穴から這い出すと、穴の縁の少し開けた隙間で小用を足した。

股間から熱い湯気が立ち上ってくる…

女は雪中用の忍び合羽の間からワラと竹炭を引っ張りだすと…それに火をつけた…

すぐに穴の中から夜のうちに乾かしておいた薪を取り出し…種火を移して…燃やす…

凍えた手を温めてから女は雪で湯を沸かし…口に含んだ…
凍りかかった女の肉体に湯が染み渡っていく…
そのあと…女の障りを抑える孔雀草の根をひと噛み砕き…湯で喉へ流した…





美濃、信濃にかけた山系はあまりにも広大すぎる…

鍛え込まれた忍びの脚でも一回りするのに20日はかかる…
ましてや、この大雪…ターゲットはさほど遠くまでは行ってないはずだった…

女の推測では、ターゲットは一里あたり先の山中で…土遁の術を講して…おそらくはじっと寒さをやり過ごしているはずだった。

女は若かりし頃の伊賀の里での雪山げいこを思い出していた…

忍び装束のみで原始の雪山の中を三日間、ポイントに印を付けて駆け回るという荒行だった…

今でいうサバイバル訓練だが…獣に襲われたり凍傷でカタワになった女の仲間も何人かいた…が…女はいつもトップを争う成績だった…


私は誰よりも我慢強い…

天性のくの一…いいや…忍び…



女はそう自負していた…



それこそ匂い立つような艶めかしさまでは生来持ち合わせてはいなかったが…八頭身で涼やかな美貌…抜群の運動センス…

だから、いままでも女に言い寄る忍びの仲間も一人や二人ではなかった…


だが…女が密かに思いをよせる相手はその中にはいなかった…

女はその端正で男勝りな容姿を活かす化装の術で、男装…女装…と様々な役を入れ替わり…いままで…大きな仕事をいくつもしてきた…

化装が見抜かれ…五人の風魔者に追われたときも…山に逃げ込み…逆に全員を返り討ちにしてみせたこともあった。



十数年も前の話になるが…伊賀の部落のしきたりで子を孕む時も…女は迷わず…隣部落の意中の男を選んだ…

十月十日のち…女は女児を産んだ…

伊賀の女児は乳をやるいとまもなく…くの一の里へと送られる…

女がしたことといえば…自分の産んだ娘の脚の付け根の尻側に…母親だけが知るくの一の焼き刻印をつけたことぐらいであった。




織田信長による天正伊賀の乱で全滅したかに思われていた伊賀流忍者であったが…虐殺された数万人のほとんどは地元民の百姓たちで…伊賀流の血を受け継ぐ伊賀衆たちは…逃げ延びて…ほとぼりが冷めるまでひっそりとあちこちの忍び里で生き長らえていた…

やがて本能寺で信長が討たれると…時勢の助けもあり…伊賀の里は復活した…

しかし…まったく油断は許されなかった…

伊賀の血統を引き継いだ赤子たちが…極秘の忍びの里へ保護されるのもそのためであった…

女は伊賀の乱のあとに誕生した、最初の世代だった…

一段と厳しくなった規律…訓練に…女は泣き顔ひとつ見せず耐え抜いてきた…

だから…女は…自分には自信があった…

おのれに勝るくの一には…
いまだかつて出会ったこともない…


今度の任務は…抜け忍の始末だった…

忍びの世界において…抜けは…極めて重大な御法度である…

しかし…部族こそ違え同じ伊賀の衆…

それも…ターゲットはくの一だった…

女の血が騒いだのも…無理はなかった…



里から姿を消したのは…

二人のくの一…

抜けが判明したそのときには、すでに2日が経過していた…



〈事を明らかにした上に始末せよ〉


命を受けて…3名の忍びが…別々に分かれて…二人のくの一を追った…



それから…1週間…

女は卓越した本能的直感と…情報収集力で…やっと…逃げた二人をここまで追い詰めることができた…



吹雪がやみ…晴れ上がった今日が…


勝負の日…


女は…そう確信していた…


未熟さを残す若いくの一たちの動きなど…熟練したくの一には手に取るように読めた…

方角もだいだい掴んでいた…


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雪山の経験の薄い若い二人は…この寒さと雪に阻まれて…身動きが取れないまま…ふた晩を雪洞の中で過ごした…


地中の雪洞の中にいれば…わずかな火さえあれば…寒さはなんとか凌げる…

二人の若い女は…落ち葉を敷き詰めた狭い空間で…肌と肌をを寄せ合い…抱き合っていた…

それは寒さをやわらげるという目的だけでなく…………


「しほ…」



「ちよ…」


二人はどちらかともなく…また…長い間…唇を重ねた…


「このまま雪に埋もれて死ねたら…幸せ…」

「でも…あたしたちの忍びの血が…それをゆるさない…ちよ…死が二人を分かつまで…生き抜くぞよ…」


しほは…火照るちよの体を力強く抱き締めた…









しばらくして…溶け合った身体をほどいた二人は…協力しあって…雪洞の屋根に積もった雪を取り除いた。

鮮烈な朝日と真っ青な空が目に飛び込んできた…

地面に立った若い二人の火照った身体から湯気が立ち上る…

少し…雪をかいて…二人は…小用を足した…

ちよが落ち葉を燃やし…雪を入れた忍び金筒で湯を沸かした。

お湯に精甘粒を入れて…二人で交互にすすった…

「しほ…足はどう?」

道中…あやまって…小さな切り株で足を怪我したしほを…ちよは気遣った…

「大丈夫…へっちゃら…薬が効いたみたい…」

「良かった…」
ちよは安堵の声で言った。

「追っ手が来る前に…ここを出るよ」
しほは…表情を引き締めた。

「追っ手なんて…来やしないよ…」


「いいえ…必ず…来る…」

しほはそういい放つと…朝の冷たい空気を味わうかのように…深呼吸をした。

頭の真上の爽やかな青空を…一匹のイヌワシが…獲物を物色するかのように…大きく旋回をしていた…






女の目は…イヌワシのそれと同化していた…

伊賀忍法移せ身の術…

イヌワシを操り…ターゲットを見つけ出すと…鋭い鳥の視力を…ズームアップさせた…



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真っ白な雪原にぽかりと空いた小さな雪洞の上で二人のくの一が身を寄せ合っているのが…イヌワシの眼を通して…うかがえた…


女は…上空を旋回しながら…顔がはっきり見えるまで…イヌワシの眼をズームした。


見知らぬ顔だった…


ついこの間まで子供だった…くの一のサナギ…

そんな若い二人だった。



しかし…裏切りは容赦しない…

女は…イヌワシから移し身を離すと…さらに気持ちを引き締めなおした…


ターゲットまでの距離は…わずか一里…
鍛えぬかれた女の足ならこの雪でも一時間とかからないだろう…

女は手早く戦闘準備を整えると…迷うことなく…雪に一歩を踏み出して勝負に出た…



同刻…若い二人も…雪をかき分けて…峠を目指すことにした…

歩きやすい…雪の少ない木立の中に…足を踏み入れる…


しほは傷ついた足が痛そうだった…


やがて…たまりかねて…林の中の倒木に…しほは腰をおろした…

「しほ…大丈夫…?」


「い…た…い…」


しほは…歯を食い縛りながら…忍びの腰穿きを足首まで下ろした…

どうやら毒性のある木を踏み抜いたらしく…傷ついた方の脚が…太ももまで酷く腫れ上がっていた…


「薬よ…」
ちよは丸薬を噛み砕いて…しほに口移ししてから…雪を口で溶かして…しほの口に含ませた…


「身体が熱いの…」
しほは…秘門があからさまに覗けるのも気にせずに…だらしなく…雪の上に足を投げ出した…

「あああ…気持ちいい…冷たい…」


「休まないと…身体が熱いよ…!」

ちよは…熱く腫れ上がったしほの足を雪で冷やしながら…言った。


「少しだけね…」
しほは気丈に言った。
「こうしてる間にも…追っ手が…」


そう言いかけた矢先だった…


シュッ…!…


ガツッ…!…


一矢の十字手裏剣が…しほの脇の倒木に突き刺さった…


しほとちよは…反射的に飛び退くと…木立の陰に隠れた…

二人とも本能的に刀を抜いていた…



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ザザザーッ…!



直後に…空から降るように…二人の前に…女が姿を現した…


「わけを聞こう…」

八相に刀を構えながら…女が…すかさず…言った…

「抜けたとはまことか…?」



返事の代わりに…いきなり…ちよが手裏剣の連射を女に見舞った…


えいっ…!


やっ…!



ひとつは女の顔をかすめ…二射目は忍び装束の肩口に当たって…落ちた…


「われにはかなわない…!」
女は何もなかったかのように…大声で言った
「わけによっては命は助ける…!」




「うるさい…!」
足を引きずりながら…しほが刀を抜いて…女の前に立ちふさがった。
「わけなどない…!」



「分かった…ならば…命はいただく…」
言うが早いか…女は…しほに斬りかかった…


のけぞりながら切っ先をかわしたまではよかったが…しほはしりもちをついてしまい…忍び装束がめくれて…剥き出しの下半身があらわになった…



「うぬ…怪我をしてるのか…?」
さらけ出された…しほの足に目をやったあと…女は何かに気づいたかのように…いきほなり…しほに飛びかかった


「なにをする…!」
しほを助けようと飛び出してきたちよが…こともなげに…吹き飛ばされた…

女の強さはけた違いだった…

女はすばやくしほを雪の上に押しつけると…裸の下半身を開き…秘所のあたりに彫られた伊賀流の焼き印を見て取った。

見覚えのある印に…女の表情がはじめて揺らいだ…


13年前…この手でつけた焼き印に…間違いはなかった…


わたしの娘…


やあっ…!


女の隙をみて…しほは…身体を反転させて…その場を逃れた…



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ちよとしほは…女から3間ばかり離れて…並んで立った。


女の視線は…自分の娘…しほに釘付けになっていた…


大きく…そして…美しく…育った…


涼やかな目元は…女に生き写しだった…


名もなきわたしの娘…しほ…


13年目にして…はじめての出逢いが…命の奪い合いだとは…まったく皮肉なものだった…

掟か…娘の命か…

女は…あきらかに躊躇していた…









「どうした…なぜ…かかってこない…!」

急に殺気を落として…立ちすくむ女に…しほが言い放った…

「自分の娘と知って…怖じけづいたか…」

女の反応で…しほは事情を察した…



「しほ…よ…なぜ抜ける…?」
女は手にした刀を背中の鞘に納めると…静かに…言った…

「掟やぶりは死罪…覚悟の上か…?」


「余計なお世話だ…!…母親づらしてあたしを言いくるめようとしても…聞く耳もたぬ…!」
しほは険しい表情で叫んだ。
「あたしとちよは幼き頃からの相思相愛の恋仲…ふたりで静かに普通の暮らしをしていきたいのだ…」



「忍びには叶わぬ夢よ…あきらめて忍びの里に戻れ…今ならまだ命は救われる…そうでないと…ふたりとも無駄死にになるだけだ…」
女は説き伏せるように言った。




「かまわぬ…!…ふたりで死ねれば本望よ…」
しほは叫んだ。
 「その前にあんたを倒して…あたしたちは逃げる…」



「無駄なこと…」
女は身動きもせず…言い返した…

「わたしを倒しても…次の追っ手が必ずやってくる…お前たちが死ぬまでそれは続く…覚めない悪夢のように…」










「ならば…どうすれば…」
ちよが…はじめて…口をはさんだ。
「あなたは娘を救いたいはず…しかし…あなたを倒して逃れたところで…この悪夢は消えない…ならば…どうしろと…」
ちよは懇願するように…言った。



「わたしが伊賀の里に戻り…おぬしたち…が死んだことを伝えれば…それで悪夢は終わる…」

女は…しばらく考えてから…口を開いた。
「ただし…証拠がいる…おぬしたちが死んだという…」




「首か…」
ちよが言った。


「もしくは…両目…両耳と…鼻…」


「それでは…死んだも同然…」
即座にしほが言い返した…

「逃がしてはくれぬか…五体満足で…
わられは逃げおおせてみせる…」
ちよが言う…と…しほは…

「逃がせばさらに大罪…どのみち…われらが逃げればあやつ…母の命はない…」


「伊賀のターミネーターはそんなに甘いものじゃない…!」
女は声を張り上げた。
「わたしが逃がしても…必ず…お前たちは見つけ出されて…消されるだけだ…」




「その時は…その時よ…!」
ちよは叫ぶと…臨戦体勢をとった…
「お前を倒して…逃げる…!」


「今はそれだけっ…!」

「くの一忍法…いちょう落とし…!」

次の瞬間…


ちよは…しほの身体と反動を使って…鳥のように大空高く舞い上がり…宙空から…女にめがけて目潰し弾を投げる…


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同時にしほが姿勢を低くして斬りかかり…敵の脚を一刀両断にする…

ちよに気を取られた相手の隙を狙った…必殺の兼ね技だったが…

…百戦錬磨の女には…まったく…通用しなかった…


ちよが飛び上がるやいなや…女はしほに襲いかかり…腰に峰打ちをくらわせていた…

ちよの方は何もできぬまま…枯れ葉のように地表に舞い降りた…






ちくしょう…としほが痛みをこらえながら…呻いた。


「さあ…しほ…逃げるんだ…」
ちよは…しほの手を握って…引っ張り起こそうとした。


「もう…いい加減にしろ…!」
女は…ふたりを睨み据えた。
「お前たちの命は…わたしが預かる…覚悟はいいな…!」

女は怒鳴るように叫ぶと…刀を抜いた…

「ふたりとも…!」

女はヒョウのように…走りながら…

「覚悟っ…!」…と…


目にも止まらぬ速さで…白刃を一閃させた。


ぎゃあ~!


おぞましい悲鳴が二人から上がった…


見ると…ちよは右手の…しほは左手の…肘から綺麗に切断されて…切り口から鮮血が吹き上がった…


うぐぐぐぐぐ…!


左手の肘から先を切り落とされたしほと…
肘から先の右手を失ったちよが…

鮮血で染まった雪の上で…痛みに耐えながら…うずくまった。


女は何事もなかったかのように…背筋を伸ばした姿勢で…ふたりに歩みよった。


ショックで気を失ったちよの…切断された右の肘を…手慣れた様子で血止めをしていく…

次に…落ち着いた仕草で…しほの左肘の血止めにかかった…

しほは気丈に意識を保っていた。


「血止めをすれば命に別状はない…この寒さだ…傷口が腐ることもなかろう…」
女はそう言いながら…傷口に薬を塗り込んだ…


「われらを助けると言うのか…」
しほは激痛に顔をしかめながら…呻いた。

最後に女は…痛みをやわらげる薬をしほの口に押し込んだ。


「助ける…?」

女は冷たい口調で言った。

そして…しほとちよの間に落ちている…血まみれの物を拾い上げた…


それは…しほとちよの…手をしっかりと握りあったまま…肘から切り落とされた前腕部だった。



「お前たちは…ついさっき死んだ…」
女は無表情に…言った。

「その証拠をわたしは伊賀の里へ届ける…それだけのこと…」

女は…手を握りあったままの二人の腕を布に包むと…立ち去ろうとした…



「おっ母…」
しほが…女の背中に…呼びかけた…

「もう会えぬな…二度と…」




「死んだ者が…会えまい…」
女は立ち止まった…

「片腕だからこそ…お前たちは二人で…ひとつ…生まれ変わったのだ…いま…」



「おっ…母…」



「達者で…暮らせよ…」

女は…最後にそう言い残すと…
足早に雪の上を歩きはじめ…やがて…丘の奥へと消えた。



あたりの静寂が…

晴れ渡った冬の蒼空と…

氷のように澄みきった空気を…

包み込んでいた…






完…















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